戦後80年激戦地となった硫黄島 元島民が振り返る戦争に翻弄された日々 天皇皇后両陛下があす慰霊訪問|TBS NEWS DIG
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- Опубликовано: 6 апр 2025
- 戦後80年プロジェクト「つなぐ、つながる」です。3万人もの命が失われた激戦地・硫黄島に、あす、天皇皇后両陛下が訪れます。島民だった男性が取材に応じ、戦争に翻弄された日々を振り返りました。
斉藤信治さん(89)。硫黄島で生まれました。
小笠原諸島にある硫黄島は太平洋戦争の激戦地。今は自衛隊が管理していて、一般の人が普段立ち入ることはできません。
ただ、かつては、およそ1100人の島民が暮らし、斉藤さんも8歳まで島で育ちました。その暮らしを変えたのが戦争でした。
硫黄島の元島民 斉藤信治さん
「爆弾を落とされたら、もう終わりだなって自然に分かる。防空壕に入って、爆弾が落とされたら潰れるからね。心の中で『助けてくれ』って。怖かったね」
空襲が激しさを増し、島民は、本州に強制的に疎開させられます。
だた、軍を支援するため、多くの男性は島に残ることに。斉藤さんの父・利男さんもその一人でした。
斉藤さんが島を離れる日、それは父との別れの日…
硫黄島の元島民 斉藤信治さん
「父に『オレンジが食べたかったな』って言ってたら、親父がオレンジ1つどこで手に入れたのか持ってきてくれてね。私に『まだ青いよ』って言って渡してくれた。もらって、ポケットに入れた覚えはあるんです」
その7か月後、アメリカ軍が島に押し寄せます。上陸作戦がはじまったのです。
国内で最初の陸上戦闘。地下壕を掘って戦う日本軍をアメリカ軍は火炎放射器などで追い詰めていきます。
日本兵2万
硫黄島の元島民 斉藤信治さん
「うちにいるとき、部屋にいるときに親父が訪ねてきた。親父に『なんでなのか』って聞いたら、爆撃をくらったらしいですね。破片が親父はここに入って、隣にいた人は眉間に刺さって即死だと」
利男さんはアメリカ軍上陸前にけがをして本州に送られ、命をつないだのです。
終戦から20年後、利男さんは、島民で最初に硫黄島を訪問しました。そして、一行は戦前に墓地があった場所に新たな墓標を立てて、亡くなった人たちを偲びました。
そこに、あす、天皇皇后両陛下が訪問されます。
日本兵、アメリカ兵、そして島民。硫黄島で犠牲になった全ての人に対して両陛下、戦後80年最初の慰霊の旅となります。
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平和🕊️が尊い事を学びました
中国と韓国に謝りましょう🤞🥺
TBSさーんこの人BANして〜
当時無かったものにどうやって謝れと